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| 『何もなかった、空腹だけを抱えていた〜戦中、戦後の暮らしと生活』
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語り手:蜂巣成昭さん
高井戸在住・高井戸地域区民センター運営協議会副会長
インタビュアー:
徳満優さん(富士見丘中学校2年・男子)
谷優太郎さん(荻窪中学校2年・男子)
お話を聞いた日:2005年8月17日
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1.蜂巣さんはどんな時代を生きてきたのか
・昭和12(1937)年生まれ。昭和15(940)年、第二次世界大戦が起こる。
・昭和20(1945)年終戦。
・昭和19年から20年、小学校1年生から2年生の時、群馬県渋川のお父さんの実家である叔父さんの家に縁故疎開した。
・戦争が終わって杉並区に戻ってきたら母校(堀之内国民学校)は焼けていた。4年生まで、杉並第2小学校の校舎を借りて授業をうけた。
・昭和25(1950)年になって、ようやく堀之内小学校ができた。けれど、机もイスもなく、大宮小学校へ机をもらいに行き、かついで帰ってきたことをおぼえている。校庭には戦争の名残でガレキがいっぱい散らばっていて、体操の時間に校庭の整備をした。
・大学卒業後は、外資系の製薬会社の経理畑一筋で定年まで過ごす。お父さんも製薬会社に勤めていたので、その影響もあり、「薬を通して社会の役に立つ」仕事がしたいと思った。 |
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