すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『日本一のお店を持つことも不可能ではない!」〜飲食業界への夢と経営者としての責任』
 新村さんもまた、お父さんのように、いつでも真面目に取り組んでいます。店が成功したのは、新村さんが言うには、店の場所がいい、高度成長期という時代の波に乗れたことが要因だそうです。 でも、何より新村さんがいつも真面目に取り組む姿勢、安心して食事ができる「いい店」というイメージが一番の成功の元だと思います。 その新村さんのお父さんも苦労したことがあります。当時飲食業はふつうの会社員よりも一段低く見られていました。 そのせいで、なかなか働いてくれる人が集まらない、資金を銀行が貸してくれない、などがあり、大変苦労したようです。さらに、飲食業では不断の努力が必要となります。
 しかし、これらの苦労などを乗り越えてきた新村さん親子はすごいと思います。

新村さんの話に引き込まれる白石さんと石黒さん


3.とんかつ屋・飲食業について
 新村さんのお父さんは、個人的に外食産業、つまり飲食業の世界に参入したわけですが、新村さんは「飲食業の世界は自由競争の世界なので、だれでも自由に参入することができるし、腕次第では"世界一のマクドナルド"を抜くことや、"日本一のお店"にする(なる)ことも可能で、大きな夢を持つことができる世界である」と言います。
 これには、ほかの商売のお店と比較すると安い資金で参入できることと、消費者側からは言えば、いろんなタイプの店の中から、自分の好みで何度も利用できるということがあり、店側から言えば、その人気次第で大勢の客を集め、有名な店を抜くこともできるということです。
 しかし、飲食業は成功する可能性こそあるものの、生き残ることはすごく難しく、たとえば10軒の店がオープンしたとして、7〜8年後に残るのは、そのうち1軒程度しかないそうです。
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