すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『東京に沖縄の商店街を! 〜人生前向きがモットーの理容室店主が大奮闘』
4.和泉明店街「沖縄タウン」の活動
 かつて、この商店街も、あちらこちらに空き店舗が出ていたそうです。商店街の中心地にある「大都市場」が沖縄にある公設市場に似ているという人が出てきて、それなら空き店舗に沖縄に関係した店をよんできたらどうなのか、ということから「沖縄タウン」の発想が浮かんだそうです。和泉明店街には現在73の店舗がありますが、沖縄タウンを作ろうといっても全員賛成ということにはなりませんでした。そこで商店街の有志37人が集まり資本金1千万円で沖縄タウンという会社を設立したそうです。これなら自分たちの意思で素早く行動できると考えたからです。この会社で、直営店のお土産屋さんも経営しており、利益が出たら明店街を良くすることに使うといいます。そして、少しずつ賛同者を増やしていくこと、無理に大きくはしないこと、やりたい人が出てきら喜んでむかえ入れることを仲間と約束しているとのことでした。 私たち中学生でも、人に無理やりいうことをやらせようとするとうまくいかないので、この考え方はよく分かります。

 ところで、今泉さんが一番驚いたことがあります。それは、沖縄タウンを企画してから、「商店街の活性化のために何かお手伝いさせてほしい」というボランティア応援団が100人以上も集まったのです。専門的な経営の問題の相談にのり解決してくれる人、会計士の人、チラシと看板作りのアドバイスをしてくれる人、芸能人を紹介してくれる人など、さまざまな人が来てくれて、あっという間に人のネットワークができてしまったそうです。なるほどそういうことかと感心しました。
 今泉さんは沖縄タウンで事務方の仕事を引き受けています。苦労すること以上に、「おかげさまで、経理の帳簿をつける、パソコンをいじる、人と折衝をするなど、今まで経験してこなかったことができるようになった」と喜んでいます。そして、今まで考えもしなかった知恵が商店街から生まれるようになり、この街を訪れる人たちも徐々に増えているということでした。

 人と付き合うことで情報と知恵が生まれると聞きましたが、自分では、納得する部分とそうでない部分が混じり合っています。
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