●成宗須賀神社
昔、中野左衛門尉(さえもんのじょう)成宗という人が、殿様の命を受けてこの周辺の矢倉(小さな城のこと)の見張りをするようになった。とても長い任務になりそうだったので、食料を得るためにこの辺りの土地を開墾。やがてこの一帯は「成宗村」とよばれるようになった。統合により「成宗」の住所表記は消えたが、この神社をはじめ、周辺にはまだ「成宗」の名残を残す建物が点在している。