●久我山稲荷神社
なんとも珍しいことだが、朝鮮李朝期末期の政治家で、甲申政変の中心人物であった金玉均(キム・オッキュン)の「人心同」の碑文が境内にある。その由来は1800年代後半まで遡る。「朝鮮の改革には日本の援助が必要」と派遣された彼は、福沢諭吉らと親交を結んだが、帰国後クーデターに失敗。日本に亡命の後、小笠原に移された。そこで出会った飯田作右衛門から「老父の住む久我山に親不孝をわびる碑文を書いてほしい」と頼まれ、書いたものがこの碑文。彼も敗残の身で遠い祖国の父母の身を案じ、「人の心は同じ」との思いで書いたことからこの碑銘がつけられた。
杉並区久我山3-37-14