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メイドinスギナミ トップへ VOL.7 -final issue- 株式会社タマス PDFデータ
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吉田海偉 2005全日本卓球男子シングルスチャンピオン  

products 結晶

改良と進化を続ける卓球用具

卓球は、1880(明治十三)年頃、イギリスの貴族たちが悪天候のために屋外でテニスができないときに、テーブルを台にして、木製の葉巻タバコのフタや、丸型のシャンパンのコルク栓を利用して遊んだのが起源といわれている。その後、バトルドアと呼ばれる柄の長いラケットとなり、現在のような柄の短い木のラケットの原形ができたのが、1900(明治三三)年前後。時代やルール、プレースタイルの変化にともない、ラケットやラバーを始めとする卓球用具は、都度改良と進化を続けている。


●38年間愛され続ける名ラバー『スレイバー』

創業当時に開発したラバーが貼られているラケット/写真:加藤アラタ
▲創業当時に開発したラバーが貼られているラケット/写真:加藤アラタ

「『スレイバー』という商品名は、他に並ぶものがないという意味なんです」

1946(昭和二一)年、タマス運動用具店を山口県柳井町で開業した田舛彦介は、初のオリジナルラバー「A003イエロー」を開発後、精力的に独自のラケットやラバーを作り出していった。開発に際しては、創業当時から、世界卓球協会の役員やトップ選手にアプローチを試み、その要望を反映している。1954(昭和二九)年から4回にわたって行なった「世界卓球アンケート」では、日本だけにとどまらず世界各国のトップ選手にアンケートを送り、協力してくれた選手には、お返しに自社の最新卓球用具を進呈した。また、東京で世界選手権が行なわれた折には、選手一人一人を訪ね、選手のスペアラケットと自社の最新ラケットを交換するなど、コネクションの強化に努める。

そうした地道な基礎作りを行ない、研究開発されたのが裏ソフトラバー『スレイバー』だ。裏ソフトラバーとは、ツブがなく平らで、ボールをコントロールしつつ、回転がかけやすいラバーである。

1965(昭和四〇)から研究が始まり、2年後に発売を開始。従来の天然ゴム主体のラバーと異なり、高弾性の合成ゴムを配合し、高い摩擦力と反発力を生み出す「より弾むラバー」だった。

画期的なラバーの完成に、社を挙げて宣伝と販促に励んだが、いかんせん売上がかんばしくない。新しい商品であったがゆえに、これまでと違う打球感が選手に敬遠された。

そんな中、懇意にしていたハンガリーのナショナルチームを率いるベルチック監督が『スレイバー』を採用し、粘り強く選手を指導してくれる。

そして、1979(昭和五四)年、世界選手権ピョンヤン大会で同チームのヨニエル、クランパ、ゲルゲリの「ハンガリー三銃士」と呼ばれた選手たちが『スレイバー』を使用し、団体優勝。彼らの猛烈に回転のかかった速いドライブは「パワードライブ」と呼ばれ、『スレイバー』も一気に注目を集める。

全盛期では世界選手権に出場する選手の半数が『スレイバー』を使用するという人気であった。

そんな『スレイバー』も現在38歳。さまざまなラバーが毎年発売されている中、今でも世界選手権出場選手の3割が愛用している名品となっている。

●世界チャンピオンを生み出さなくてはならない

『ブライス』のパッケージ
▲『ブライス』のパッケージ。ハイテンション・ラバーでは、他に『ブライス・FX』、『サーメット』、『カタパルト』がある。

1975(昭和五〇)年、『スレイバー』愛用選手であったハンガリーのクランパが揮発性の高い接着剤(スピードグルー)を塗り、生乾きのうちにラバーを貼ることで、ゴムにテンションをかける技を発見した。その方法を行なうことで、いままで以上に弾むラバーとなる。最初は、こっそりと使用されていた技法だが、ハンガリー選手のめざましい活躍は注目され、徐々に明るみとなり、ヨーロッパで波及的に広まってゆく。しかし、日本は1980(昭和五五)年初めまで、その存在を知ることはなかった。

株式会社タマスでは、接着剤(スピードグルー)の存在を知ったのちの1984(昭和五九)年、いち早く『スピード・チャック』を発売するが、日本国内ではまだその存在は浸透しておらず、ヒット商品とはならなかった
「『スピード・チャック』は発売しましたが、いつか国際卓球連盟(ITTF)が禁止にするだろうと考えていました」

予想通り、国際卓球連盟(ITTF)は1993(平成五)年1月からグルー溶剤の種類の規制を発表。さらに、2007(平成十九)年9月にはグルー溶剤が完全禁止になる予定だ。

株式会社タマスの開発部門では、それに先駆けた1989(平成元年)から、製造過程でゴムの分子自体にテンションを加えたラバーの研究を始めていた。スタートから8年をかけて完成したハイテンション・ラバーは、『ブライス』と名付けられ、1997(平成九)年に発売を開始。しかし、『スレイバー』と同様に、あまりに革新的なラバーであったため、当初はほとんど売れなかった。

2003(平成十五)年、パリで開催された第47回世界卓球選手権大会で、『ブライス』を使用していたオーストリアのシュラガー選手が優勝。
「一般の方にも認知され、使用してもらうためには、世界チャンピオンが出なければダメなんです。シュラガー選手の優勝をきっかけに『ブライス』も広く浸透しました。開発していく中で、生みの苦労はもちろんありますが、ラバーを育ててくれるのは選手なので、辛抱強く使ってくれた世界チャンピオンには本当に感謝しています」
現在、世界選手権出場選手の2割が『ブライス』の愛用者であり、2006(平成十八)年1月に行なわれた全日本卓球選手権では、7種目中5種目の優勝者が『ブライス』を使用している。