●38年間愛され続ける名ラバー『スレイバー』
 ▲創業当時に開発したラバーが貼られているラケット/写真:加藤アラタ
「『スレイバー』という商品名は、他に並ぶものがないという意味なんです」
1946(昭和二一)年、タマス運動用具店を山口県柳井町で開業した田舛彦介は、初のオリジナルラバー「A003イエロー」を開発後、精力的に独自のラケットやラバーを作り出していった。開発に際しては、創業当時から、世界卓球協会の役員やトップ選手にアプローチを試み、その要望を反映している。1954(昭和二九)年から4回にわたって行なった「世界卓球アンケート」では、日本だけにとどまらず世界各国のトップ選手にアンケートを送り、協力してくれた選手には、お返しに自社の最新卓球用具を進呈した。また、東京で世界選手権が行なわれた折には、選手一人一人を訪ね、選手のスペアラケットと自社の最新ラケットを交換するなど、コネクションの強化に努める。
そうした地道な基礎作りを行ない、研究開発されたのが裏ソフトラバー『スレイバー』だ。裏ソフトラバーとは、ツブがなく平らで、ボールをコントロールしつつ、回転がかけやすいラバーである。
1965(昭和四〇)から研究が始まり、2年後に発売を開始。従来の天然ゴム主体のラバーと異なり、高弾性の合成ゴムを配合し、高い摩擦力と反発力を生み出す「より弾むラバー」だった。
画期的なラバーの完成に、社を挙げて宣伝と販促に励んだが、いかんせん売上がかんばしくない。新しい商品であったがゆえに、これまでと違う打球感が選手に敬遠された。
そんな中、懇意にしていたハンガリーのナショナルチームを率いるベルチック監督が『スレイバー』を採用し、粘り強く選手を指導してくれる。
そして、1979(昭和五四)年、世界選手権ピョンヤン大会で同チームのヨニエル、クランパ、ゲルゲリの「ハンガリー三銃士」と呼ばれた選手たちが『スレイバー』を使用し、団体優勝。彼らの猛烈に回転のかかった速いドライブは「パワードライブ」と呼ばれ、『スレイバー』も一気に注目を集める。
全盛期では世界選手権に出場する選手の半数が『スレイバー』を使用するという人気であった。
そんな『スレイバー』も現在38歳。さまざまなラバーが毎年発売されている中、今でも世界選手権出場選手の3割が愛用している名品となっている。 |