●全国で行革No.1に、そしてこれから――。
 ▲以前の杉並区役所庁舎
 ▲入り口に大きく配置された案内板
杉並区は1932(昭和七)年に、四ヵ町(杉並・和田堀・井荻・高井戸)が合併して誕生した。今年で74年目を迎えることとなる。当時の人口は、約14万3千人。現在は約51万7千人まで増え、新潟市とほぼ同じ人口となっている。
区ができたばかりの頃は、旧杉並町役場を庁舎としていた。当時の青梅街道は、1921(大正十)年から運行している路面電車(当初西武鉄道新宿線、1951(昭和二六)年から都電杉並)が走っており、「区役所前」という駅があった。
しかし、1964(昭和三九)年の東京オリンピック開催が決定すると同時に、地下鉄丸の内線(営団地下鉄荻窪線)が着工される。それが完成した1963(昭和三八)年に、都電杉並線は廃止されてしまった。
杉並区役所の庁舎が現在の姿になったのは、1993(平成五)年。 「めざせ五つ星の区役所」運動がはじまった2002(平成十四)年には、「来やすい・待ちやすい・わかりやすい」ロビーにするため、1階部分を大幅にリニューアルした。
2003(平成十五)年11月、(財)関西社会経済研究所が246自治体を対象に実施した「自治体の組織運営評価」で、総合第1位という評価を得る。とくに「情報公開・住民参加」、「財政運営・予算編成」の点で高得点を獲得。今後の課題として積極的に取り組んできた改革が、外部でも認められた。
そして現在、2004(平成十六)年度に改定した「スマートすぎなみ計画」に沿い、2010(平成二二)年度の区役所のあるべき姿を「区民とつくる小さな区役所で、五つ星のサービスを」にさだめ、運動の定着とさらなる質の向上に努めている。
(参考文献『杉並・まちの形成史』寺下浩二/著) |
●職員ひとりひとりが、「五つ星」の中心を担っている。
 ▲杉並区役所の西棟入口から入ると、すぐ右手にAEDが設置されている。
 ▲ロビーには受付の女性が立ち、迷っていたり、困っていたりする区民に積極的に「声かけ」をする。
「めざせ五つ星の区役所」運動は開始した年度内に、ほぼ予定していた取り組みに着手しはじめている。細かいところでは、サンダル履きの禁止や電話応対の改善、朝の定例ミーティングの徹底などなど。ただ、こういった顧客志向の活動に終わりはない。そのときどきの変化に合わせて、区民が求めるサービスに応じていく必要がある。
2005(平成十七)年、組織目標の達成で区長賞を受賞した健康推進課の救急医療の取り組みから、区内各所にAED(自動体外式除細動器)が設置された。来年度中には設置場所の職員全員が、機器を使えるよう研修を受ける予定である。
組織が大きくなればなるほど、仕事の細分化がすすみ、他の部署がどんな取り組みを行なっているのかがみえにくい。しかし、もとを正せば、「よりよい区をめざす」という同じ目的なのだ。この運動によって、外に向けたサービスの向上のみならず、全体の連帯感が強化されたようにも思う。
「めざせ五つ星の区役所」運動も今年で4年目――。マンネリを防ぎ、常に新たな気持ちで継続していくことが、今後もっとも重要な課題となっている。
(取材協力 杉並区役所 政策経営部 企画課 畦元智恵子、朝比奈愛郎) |