●「N夜光」から10年、「日本一の夜光屋」が目指すこと。
すべての避難誘導標識を「N夜光(ルミノーバ)」を使用したものに変える――「日本一の夜光屋」の使命として根本特殊化学が、今後目標にしていることだ。
地下鉄や地下街など暗所で光る蓄光誘導標識については、1998(平成一〇)年、JIS規格の改定が行われ、「N夜光(ルミノーバ)」を使用しなければ、基準をクリアできないことになった。 だが、誘導避難標識については、中に蛍光灯を入れて光らせる内照式のタイプがまだまだ多く、災害時に機能するかが懸念されている。
2003(平成一五)年、地域貢献の一環として、杉並区へ「N夜光(ルミノーバ)」を使用した避難誘導標示板を寄贈。設置に関しては、地元住民の意見を取り入れ、使い勝手を考慮した。 「これで夜間に災害がおきても、『N夜光(ルミノーバ)』の光に向かって逃げればいいので安心だ」と好評を得ている。 また、「読売新聞」の杉並版で「暗闇で光る手袋」を紹介したところ、滋賀県の聾話者の子どもをもつ母親から問い合わせがきた。
 ▲夜光塗料を塗った非常口標識 左:(暗い場所)右:(明るい場所)
杉並区聴覚障害者協会と話し合った結果、聾話者が災害時に使用するには、まだ実用化は難しく、改良点を報告してもらうという条件で、サンプルをプレゼント。杉並区には、防災用として500双を寄贈し、防災倉庫に保管してもらっている |
●荻窪を選んだ理由、そして今――。
 ▲荻窪・西田町の工場(上)と高井戸工場(下)『根本特殊化学株式会社 60年の歩み』より
謙三が高井戸に住んでいたこともあるが、戦時中、中央本線沿いに疎開した時計メーカーが多く、商売をするのに便利だったのが、荻窪を選んだ一番の理由だ。個人営業から合資会社根本光化学研究所となった1948(昭和二三)年。同じ頃に荻窪駅周辺では、のちに東京ラーメンの代名詞となる「荻窪ラーメン」を担う、老舗のラーメン屋が軒並みオープンしているのも、興味深い。 現社長・郁芳は、荻窪法人会会長や東京商工会議所杉並支部長を務め、杉並区立和田中学校では毎年課外授業として、「夜光はなぜ光るのか」を教えている。根本特殊化学としても、杉並区内でイベントがあれば積極的に参加。区全体のまちづくりにも関心をもつ。
現在、夜光塗料において世界企業となった根本特殊化学が、荻窪に本社を置く理由はそれほどないだろう。むしろ今や、荻窪のみならず杉並区にとって、あり続けてほしい企業となっているのだ。
(取材協力 根本特殊化学株式会社 藤澤哲也)
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