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歴史 History

昭和初期の杉並には「スケート場」や「ウォーターシュート」があった!区民だからこそ知りえるユニークな杉並史を紹介。昭和40年代を振り返る投稿コンテンツ「温故知新」や「中央線誕生物語」、「校章で訪ねる杉並の学校」なども掲載。

▼記事一覧

昭和47年 杉並児童交通公園開園

掲載日:2011年09月15日

温故知新 昭和40年代に学ぶ(子供編)

区民投稿コンテンツ

携帯電話、インターネット、TVゲームもなかった昭和40年代。子供たちはどんな体験、どんな感情をもっていたのか。

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サックス・白庄司孝

掲載日:2011年09月15日

温故知新 昭和40年代に学ぶ(社会人編)

区民投稿コンテンツ

団塊の世代が社会で活躍を始めた昭和40年代。働く大人はどんな日々を過ごしていたのか。

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杉並第六小学校 昭和46年の空撮(提供:杉並第六小学校)

掲載日:2011年09月15日

温故知新 昭和40年代に学ぶ(家族編)

区民投稿コンテンツ

昭和40年代、家族そしてそれをとりまくご近所。当時のコミュニティを知ることができる貴重な思い出がぎっしり。

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憧れのゴールデンカップス(左下がマモル・マヌー)、学生の頃使っていた定期券、昭和44年アポロ月面 着陸の新聞

掲載日:2011年09月15日

温故知新 昭和40年代に学ぶ(学生編)

区民投稿コンテンツ

昭和40年代は、現代からみれば不便、しかし当時はそんなことさえ感じず、苦労や工夫をかさね日々を送っていた。現代でも役立つヒント、学ぶべきことも数多くあったのではないだろうか。

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掲載日:2011年09月15日

温故知新 昭和40年代に学ぶ(年表)

区民投稿コンテンツ

昭和40年代のできごと年表

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掲載日:2010年01月14日

謎の吉田園 杉並のスケート場

杉並にスケート場!?

その昔、『吉田園』という屋外のスケート場があったと言う。当時を知る区民インタビュー

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掲載日:2008年12月15日

幼なじみが語る昭和の思い出

戦争、疎開。今だから話せるあの頃のむかし話

幼なじみの佐藤正三さんと玉村彰彦さんに、杉並区立郷土博物館の裏手にある古民家で、杉並の戦中・戦後のお話を伺った

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掲載日:2008年10月01日

杉並の地名 文化財シリーズ19から 

地名の由来をたどって、身近な地域の歴史ロマンに浸ってみませんか?

杉並区教育委員会が昭和53年に発行し現在絶版となっている出版物「文化財シリーズ19 杉並の地名(昭和53年3月31日発行)」の複製コンテンツ

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棟上式写真(昭和13年)岸弘子さん提供 *クリックすると拡大します。

掲載日:2007年12月03日

終戦前に出現!? わが町ウォーターシュート物語 

和田堀公園(旧・大宮公園)にあった木製大アトラクションとは?

壮大なアトラクションがなんと!終戦前の和田堀公園(旧・大宮公園)にあった。

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現在の水道端停留所付近:  コンクリ-トの塀と手前のフェンスの間に千川が流れている。青梅街道の向う側の信号の右に暗渠となった千川の遊歩道が続いている。

掲載日:2007年01月15日

青梅街道に沿って流れていた「半兵衛・相澤堀」

杉並区には多くの暗渠、消えた川がある。水路の歴史とその役割を負う。

堀から分かれ水田を潤した小川の流れの跡は荻窪や井草や阿佐谷地区の遊歩道として残っていて、形を変えて区民に親しく利用されている。

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