まち探検>>八幡山 >>駅周辺あれこれ:「高井戸」の地名の謂(いわ)れをたどる
八幡山
謂(いわ)れに縁のある寺へむかって、甲州街道を歩く
八幡山駅から「高井戸」の地名の謂れをたどる、というのもちょっと不思議かもしれませんが、八幡山駅から「高井戸」の地名と縁のある「宗源寺」というお寺へ行くことができます。
八幡山駅の北側、京王線に沿うように東西に通っている甲州街道沿い左手を新宿方向へ1.2kmほど歩くと「宗源寺」にたどり着きます。
ちなみに「甲州街道」はご存知のとおり、江戸時代に整備された五街道の一つでそのまま「国道20号」となった歴史ある道。
いつも無意識に通過する道も、たまには、江戸時代に馬や徒歩で移動する人の往来があったころはどんな眺めだったのだろうか、江戸時代の人が現代の中央自動車道や京王線の高架線を見たらびっくりするだろう、などと想像しながら、ゆっくり歩くのもよいかと思います。
“高い”堂が「高井戸」に?
さて、甲州街道沿いにある宗源寺は、檀家であった人が記した「宗源寺開祖碑」によると、開山日善の祖先は、畠山氏一族の江戸遠江守(とうとうみのかみ)太郎判官重永の孫で、甲斐国吉田郷に住んだ吉田宗利であるとし、宗利が法華宗に帰依して法名「宗源」と称したのにちなみ、その末孫である日善がこの地に一寺を開いて寺名にしたといわれています。
その時期は慶長(1596−1614)初年の頃とされています。
このお寺の境内にある「高井堂」という不動堂が、高井戸の地名の謂れ、とも言われています。
不動堂は、この近くにあった修験道の本覚院(明治5年廃寺)のものだった当時、高台にあったため、「高井堂」と呼ばれ、それが高井戸の地名なった、と謂われているのです。
ところが、この説に対して、当サイト歴史コーナーで下高井戸2丁目にお住まいの上妻絢子さんが実に、興味深い見解を述べられています。こちら「高井戸の地名の起原を探る」を、ぜひお読みいただき、地名ミステリー!?をお楽しみください。
このような地名説にからむ、歴史のあるお堂が今も存在し続けていることは嬉しいことですね。
そして、杉並区の「貴重木」に出会う
さて、諸説に思いを馳せながら境内に足を運ぶと、見事なラカンマキ(羅漢槇)の大木に出会うことができます。
この木には「杉並区貴重木」という文字の入った札がくくりつけられています。
貴重木…、その名のとおり貴重なことに間違いはありませんが、どういうものなのでしょうか?
杉並区みどり公園課によると、区内のみどりが年々減少を続けていく中、特に何十年という歳月を経て育った巨樹などを、区民共有の財産として1本でも多く次世代に残すために「貴重木」と位置づけて保全しているとのことです。平成19年度現在、区内の46本の樹木が「貴重木」とされ、守られています。
そのうちの1本、宗源寺のラカンマキは、ご住職の「宗源寺は江戸初期にこの地を定めた。その頃に植えられたものでは…。」というお話から、樹齢が400年程ではないか、と推定されています。
400年も同じ場所で杉並区の変遷を眺めてきた巨木に近づくと拝みたくなるような不思議な気分にさせられます。一見の価値有り。
天気のいい日、ふらりと立ち寄って見ませんか。


