江渡家で発見した「明治・大正・昭和のレシピ」

農の思想家の書庫で見つけた古びた料理帳

大正から昭和にかけて、高井戸で活動した農の思想家・江渡狄嶺(えどてきれい)さん。その紹介記事を書くため、2016(平成28)年9月、すぎなみ学倶楽部の取材チームは、江渡家の書庫を見せていただいた。明治以降の資料がぎっしり並んだ書棚の中に、「料理帳」と書かれた1冊の古びたノートを発見。ページをめくると、驚いたことに流麗な筆文字で「ポテトスープ」やココナッツ入りの「カレイ」、バターと卵を使ったマヨネーズ風の「サラダドレツシング」など、ハイカラな洋食レシピもあった。

明治後期のレシピブックと判明
狄嶺さんの孫娘・江渡雪子さんに確認すると、「祖母のミキが、高等女学校時代に書いたものです」とのこと。ミキさんは、1883(明治16)年に秋田県で生まれ、女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)附属高等女学校専攻科を卒業した才女。当時の家庭科で学んだレシピらしい。「ミキは裕福な家の一人娘だったので、小さい時から日常的に乳製品や卵を食べていたそうです。だからバターや卵たっぷりの洋食に抵抗はなかったはず。」と雪子さん。筆文字で書かれたメニューを再現したら、一体どんな味なのか。「江渡家レシピ」の再現プロジェクトが始動した。

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復刻した明治後期のスイーツレシピ「サプライスプデン」

復刻した明治後期のスイーツレシピ「サプライスプデン」

写真左:江渡家の書庫で発見された「料理帳」 写真右:「料理帳」に書かれた「カレイ」と「ポテトスープ」のレシピ(資料提供:江渡雪子さん)

写真左:江渡家の書庫で発見された「料理帳」 写真右:「料理帳」に書かれた「カレイ」と「ポテトスープ」のレシピ(資料提供:江渡雪子さん)

孫娘の江渡雪子さん

孫娘の江渡雪子さん

レシピの解読と謎の材料「カトリン」

書庫からは「料理帳」のほかにも、ミキさんがチラシの裏などに書き残した古い料理メモが多数発見された。メモの日付やチラシの内容から、これらは大正から昭和30年頃までに書かれたものと判明。この中からも3点レシピを選び、再現することにした。なおレシピを再現するにあたり、阿佐谷にある人気フレンチレストラン「ラ・メゾン・クルティーヌ」の善塔(ぜんとう)一幸シェフにご協力いただいた。
2016(平成28)年12月、取材メンバーと善塔シェフを交えた打ち合わせを行い、再現するレシピを選定。200種類以上あったレシピから、材料や製法に特徴があってメンバーが好奇心をそそられた以下の5品を選んだ。
「サプライスプデン」「ジンジャウルスナップス」「月見ダンゴ汁」「代用カマボコ」「引茶(ひきちゃ)ミルク」

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謎の製菓材料「カトリン」
まずは、レシピの解読から作業をスタート。いずれも旧仮名遣いの文語体で書かれている上、古い資料のため用紙の傷みが激しく、文字が消えかかっている箇所もある。一字ずつ読み取って書き起こし、現代語に訳す作業が続いた。
解読に困ったのが、「ジンジャウルスナップス」の材料にある「カトリン」だ。「ジンジャウルスナップス」は、「せうが(生姜)の粉」(ジンジャーパウダー)と、「肉桂(にっけい)」(シナモンパウダー)が入った焼き菓子。現在も欧米の家庭では「ジンジャースナップ」という名でクリスマスシーズンによく作られており、日本でも輸入食品店などで購入できる。
カトリンは、ほかに「ワッフルス」など焼き菓子のレシピにも記載があった。当時の製菓原料の商品名なども含めて調べた上で、製粉会社のOBや製菓に詳しい方に問い合わせたり、杉並区立郷土博物館の学芸員に調査してもらったりしたが、情報は得られなかった。
そこで、市販のジンジャースナップの材料と突き合わせてみて、不足している材料から推測した結果、おそらくカトリンは、マーガリンなどの植物性油脂ではないかという結論に至った。マーガリンは明治中頃にはすでに日本に輸入されていた事実も判明し、時代考証の面からも問題ない。今回はカトリン=油脂(再現では無塩バターを使用)として「ジンジャウルスナップス」を作ってみることにした。

※再現したレシピはPDFを参照

PDF:「ジンジャウルスナップス」の現代版レシピ(79.0 KB )

「ラ・メゾン・クルティーヌ」のオーナーシェフ、善塔一幸さん

「ラ・メゾン・クルティーヌ」のオーナーシェフ、善塔一幸さん

再現メニューを選ぶ。「カトリン」は、製菓に詳しい善塔シェフも聞いたことのない食材だった

再現メニューを選ぶ。「カトリン」は、製菓に詳しい善塔シェフも聞いたことのない食材だった

「ジンジャウルスナップス」と「ビスケツ」のレシピ。どちらにもカトリンと記載されている(資料提供:江渡雪子さん)

「ジンジャウルスナップス」と「ビスケツ」のレシピ。どちらにもカトリンと記載されている(資料提供:江渡雪子さん)

シェフも驚きの「サプライスプデン」

2017(平成29)年1月、メゾン・ド・クルティーヌの厨房(ちゅうぼう)で5品の再現が行われた。
その名も、「驚かせるプリン」という意味の「サプライスプデン」(※1)は、材料にマカロニという意外な食材が使われており、善塔シェフはじめメンバーが最も興味を持ったレシピだ。
シェフにレシピのポイントを伺うと、「砂糖を入れない甘くないプリンに、濃厚なキャラメルソースをかけるという発想が面白いですね。何より、砕いたマカロニがどんな食感になるか楽しみです。ソースだけでなくプリン本体にもバターを使っているので、贅沢(ぜいたく)な味に仕上がると思います。」とのこと。
また製法の特徴について「牛乳を丁寧に10分間も煮るのは、乳臭さを飛ばすためでしょう。フランス料理で牛乳を使ったソースを作る際も、同じ手法を用います。プロの技に近いですね。」と教えてくれた。蒸しあがったプリンは軽く10人前はあり、大きさは、まさにサプライズ。とろみづけにコーンスターチを使っているためか、仕上がりは固めに見えた。

レシピの原文
「重ね鍋に乳四合を沸騰せしめ 茶わんにコンスターチ大さじ四杯を冷乳にてとかし、あつき乳中に入れて十分間熱湯上にて煮 バタ大さじ四杯を入れ後 大皿中に大玉子四ケを(黄白共に)よくよくうちそのあつき乳をこれに入れ又鍋にうつして十二ケの粉にせしマカロニズを入るなり 三分間煮たる後どんぶりにあくべし。むし冷たるを良しとす、
右ソース
粉にせし砂糖ちやわん一杯にバタ大さじ一杯を共によくよくかきまわし その熱きところを出すべし。最後にバニラ水少し入るゝなり、是熱きを良しとす。」

※1 英語で表記すると「surprise pudding(サプライズ・プリン)」
※再現したレシピはPDFを参照

PDF:「サプライズプデン」の現代版レシピ(109.1 KB )

「サプライスプデン」のレシピ(資料提供:江渡雪子さん)

「サプライスプデン」のレシピ(資料提供:江渡雪子さん)

熱した牛乳を丁寧にかき混ぜる

熱した牛乳を丁寧にかき混ぜる

キャラメルソースをたっぷりかけて完成

キャラメルソースをたっぷりかけて完成

戦時中のレシピ「月見ダンゴ汁」「代用カマボコ」

大正期以降の料理メモの中からは、「月見ダンゴ汁」と「代用カマボコ」を選んだ。いずれも、第二次世界大戦中の食料不足時に考案されたと思われるレシピだ。
また、料理に添える飲み物として、昭和10年代のレシピから発見した「引茶(ひきちゃ)ミルク」を作ることにした。いわゆる抹茶オレで、材料や作り方は今とほぼ同じだ。

月見ダンゴ汁 
月見ダンゴ汁のレシピは、「決戦食生産の徹底」と題して隣組(※2)が配布したビラの裏面にメモされていた。魚や食肉が不足していたのか、ダンゴに使用しているのはウサギ肉。気になるネーミングは、月見とウサギをかけているのだろうか。当時の杉並で、食用ウサギの飼育、または野ウサギを捕獲していた記録があるかどうか調べてみたが、資料が見つからなかった。今回は、市販の食肉用に飼育されたウサギの肉を使って調理した。
シェフが丁寧に叩(たた)いたウサギ肉は粗びきの鶏肉のようで、スープに落とした肉ダンゴは鶏のつくねに似ている。フレンチの厨房に、心和む醤油の香りが広がった。

代用カマボコ
材料は、イタリア料理のじゃがいものニョッキ(※3)に似ている。「ニョッキに比べると小麦粉の量が多めですね。できるだけカマボコの形に近づけて作ってみます。」と、善塔シェフ。レシピには、詳しい製法は書かれていなかったが、ゆでたジャガイモをつぶして小麦粉と塩を加えて生地を作り、ドーム型に成型して蒸した。

※2 隣組(となりぐみ):第二次世界大戦中、国民生活を統制するために近隣に住む住民同士で作られた組織
※3 ニョッキ:生地を棒状にのばして切るかダンゴ状に丸めて作るパスタの一種
※再現したレシピはPDFを参照

PDF:「月見ダンゴ汁」「代用カマボコ」「引き茶ミルク」の現代版レシピ(2.0 MB )

隣組のビラの裏に書かれた「月見ダンゴ汁」のレシピ。古い資料なので文字が消えかかっている(資料提供:江渡雪子さん)

隣組のビラの裏に書かれた「月見ダンゴ汁」のレシピ。古い資料なので文字が消えかかっている(資料提供:江渡雪子さん)

「月見ダンゴ汁」の材料。手前にあるのがウサギ肉

「月見ダンゴ汁」の材料。手前にあるのがウサギ肉

ゆでて裏ごししたジャガイモに小麦粉と塩を加えて、「代用カマボコ」の生地を作る

ゆでて裏ごししたジャガイモに小麦粉と塩を加えて、「代用カマボコ」の生地を作る

蒸しあがった「代用カマボコ」。ふっくらとした仕上がり

蒸しあがった「代用カマボコ」。ふっくらとした仕上がり

試食した感想

各メニューを食べてみた感想は以下の通り。

■「ジンジャウルスナップス」
ジンジャーとシナモンが効いたスパイシーな香り。焼き立てということもあり、ホットビスケットのような味わいだった。善塔シェフからは「材料の赤砂糖とスパイスは、とてもよく合う組み合わせです。多量に入れたジンジャーパウダーが効いて、本格的なスパイス菓子に仕上がりましたね。」と感想があった。カトリン=油脂の推定は、結果的に正解だった。

■「サプライスプデン」
かなり固い出来上がりに見えたが、意外にもモッチリとしていた。バターを贅沢に使用した濃厚なキャラメルソースが、プリンのシンプルな味とマッチしている。まるで、ケーキとプリンの中間のような味わいだ。砕いたマカロニが食感のアクセントになっていて、今まで味わったことのない「サプライズ」なおいしさだった。

■「月見ダンゴ汁」
ウサギ肉のダンゴは、鶏肉よりプリッとした柔らかさ。粗びきの肉が口の中でホロッと崩れ、肉汁があふれる。スープは甘辛で、かなり濃い味つけだ。

■「代用カマボコ」
カマボコらしく薄切りにして食べてみた。ふわっと柔らかくて、ニョッキやカマボコというより、蒸しパンに近い食感。固いマッシュポテトという感じで、主食にもなりそうだった。

メンバーの共通の感想は「どの料理も、想像していたより、はるかにおいしい」ということだった。現代版に直した再現レシピをPDFで掲載したので、作ってみてはいかがだろうか。
ミキさんの残したレシピの中には、ほかにも興味をそそる料理がたくさんあった。江渡家と親交のあった農村研究家の大西伍一さん(1898-1992)によると、ミキさんはライスカレー、シチュー、オートミールなどのハイカラな料理が得意だったそうだ(※4)。また、1911(明治44)年頃、狄嶺さんとミキさんが最初に農場を開いた千歳村船橋(現・東京都世田谷区)で、近所に住んでいた農家の方が「江渡さんから西洋料理をもらった」と話している記録(※5)もあり、実際にミキさんが普段から洋食を作っていた様子がうかがえる。
謎の製菓材料カトリンについては引き続き、調査を続ける予定だ。カトリンをご存じの方がいたら、すぎなみ学倶楽部まで情報を寄せてほしい。

※4:出典『ミキの記録』
※5:出典「江渡狄嶺研究 第15号」

「ジンジャウルスナップス」。善塔シェフのアイデアで、食感を良くするため厚めに焼き上げた

「ジンジャウルスナップス」。善塔シェフのアイデアで、食感を良くするため厚めに焼き上げた

おしゃれな皿に盛りつけた「月見ダンゴ汁」

おしゃれな皿に盛りつけた「月見ダンゴ汁」

薄切りにした「代用カマボコ」

薄切りにした「代用カマボコ」

DATA

  • 出典・参考文献:

    『ミキの記録』大西伍一編(三蔦苑)
    「江渡狄嶺研究 第15号、第16号』(狄嶺会)
    雪印メグミルク株式会社ホームページ「ミルクアカデミー・マーガリン研究室」  http://www.meg-snow.com/fun/academy/margarine/
    日本マーガリン工業会ホームページ http://www.j-margarine.com/
    取材協力:江渡雪子さん、江渡まち子さん、善塔一幸さん

  • 取材:内藤じゅん
  • 撮影:TFF、内藤じゅん
  • 掲載日:2017年03月06日