岡村ショウジさん

気持ちを話すと心が軽くなる~あなたの愚痴聞きます~

JR高円寺駅のガード下、ケンタッキー・フライドチキンの斜め向かいの路上に青年が座っている。路上ミュージシャンでもなく、大道芸人でもない。青年は膝に載せた本に目を落とし、静かに座っている。彼の前には、「無料で愚痴聞きます」という看板。彼の名前は岡村ショウジ、イメージカラーの黄色の衣装を身にまとい、『黄色い愚痴聞き師』と名乗って、毎週金曜日夜9時から11時まで、向かい側に誰かが座るのを待っているのだ。
「何? タダなの? 愚痴って?」
50歳代の男性が立ち止まった。
「愚痴ではないんだけど・・・」
男性は仕事や職場や、同僚について、感じていることや思っていることを話しだした。初めはぽつりぽつりと、気がつくと旧知の仲のように熱を込めて語っていた。彼は、40分余り話し込んで、さっぱりした顔で立ち上がった。
「職場では言いたいことが言えないんだよね、契約だからさ。家で仕事のこというと心配されちゃうし、ありがとう、結局愚痴だったかな」と少し照れた様子でつぶやいて立ち去った。
この夜は彼のほかに女性2人組と常連の男性一人が彼の前に座り、軽い足取りになって帰って行った。

この看板が目印

「なぜやっているかというと、趣味・・ですかね。面白いからやっている。知らない人といきなり会話が始まる面白さ楽しさはなんともいえない魅力ですね」
だが、そこには使命感ややり甲斐があるという。『本気の愚痴』に出会うときだ。
「本気で自分に向き合って、その人が自分の本音や本当の気持ちを探索するかのような愚痴。路上だからそんな真面目に話さないんじゃあ、と思われそうですが、わりとあるんです。こういうときは、手応えとやり甲斐を感じます」
人に話すことが、自分と向き合っていく作業になることがある。岡村さんは楽しむと同時に自分が路上にいて気持ちを語れる相手であることに、自負と使命感を感じている。

目印の看板

目印の看板

高円寺・黄色い愚痴聞き師の誕生

俳優では食べられていないけれど、『心の本業』は俳優だと岡村さん。愚痴聞き師としての活動も実は俳優としての自分から始まった。
「平成15、6年頃だったかな、人の話を聴いてすぐそれを演じるプレイバックシアターという即興心理劇を学んだのがきっかけです」
人の話を聞き、心情を知ることが俳優としての自分にプラスにならないわけがない、と岡村さんは考えた。そして人の話を聴くポジション、『産業カウンセラー』を知り、講座を受けて、聴く訓練を積んだ。同講座の指導者見習いも経験し、さらに、活動の幅を広げるために傾聴ボランティアを始めた。もっといろいろな人の話を聴きたいと感じていた平成24年10月、インターネットで『グチバンク』の活動を知る。

「グチバンクには話を聴く、否定しない、アドバイスしないといった基本理念があり、それに賛同した人間が活動しています。それぞれにカラーがあって、雑談で話し合ったり、椅子があったりなかったり。私は立ち止まって興味を示した人にだけ声をかけることにしています。雑談風に見えますが、相手が話しやすいように、『こういうことですね?』『そのときはどういう気持ちだったのですか?』と、確認したり投げ返したりしているんです。話の内容を聞くというよりは、相手の『気持ち』を聴くということをしています」
岡村さんが学んだカウンセリングや傾聴の技術・態度を活かした聞き方だ。
岡村さんは4月からイメージカラーの黄色の衣装をつけ『黄色い愚痴聞き師』を名乗っている。

高円寺のガード下で見知らぬ人と一時の交流

高円寺のガード下で見知らぬ人と一時の交流

たまった気持ちを聞いてくれる都会の『竹林』

人は誰しもストーリーを持っている。今日一日の出来事、つらかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、それがあなたの物語だ。
物語は語られなくてはいけない。だから、誰かに聞いて欲しいと思うのはごく自然なことだ。頷いて共感して欲しい。しかし、友達や家族などの身近な人は、黙って聞いてくれない、批判もアドバイスもなしに、ただ聞いてほしい、そういうときがありませんか?

日本には胸にたまった言葉を竹藪に穴を掘って叫ぶという民話がある。ヨーロッパにはロバ耳の王様の話がある。いいたいことを黙っている苦しさは古今東西で変わらない。
そんなときは、高円寺ガード下を訪ねてみよう。心の中で輝く体験や淀んだ気持ちを引き出してくれる愚痴聞き師が、あなたのストーリーを待っている。

岡村さんの前を人の波が行き過ぎる。岡村さんは静かにワクワクしながらいつものシャッターの前に座る。今日は誰が前に座って心の声をきかせてくれるだろうか。

岡村ショウジ プロフィール
昭和46年高知県出身。俳優、グチバンク会員、黄色い愚痴聞き師。すぎなみ地域大学「傾聴ボランティア講座」(平成22年、23年)を企画し講師を務める。平成23年5月の立上げから約2年間、傾聴サークル「こもれ陽」にメンバーとして参加。 平成24年10月より高円寺ガード下でグチバンクの先輩と愚痴聞きを開始。現在、水曜は歌舞伎町(旧コマ劇場前)、金曜は高円寺という週2ペースで愚痴を聞いている。高円寺は愚痴聞きのために通い始めた街、住まいは方南町。「歌舞伎町と高円寺は全く違いますね。新宿は飲みに来る人とそこで働く人です。人波も新宿の方がはるかに大きいですが、高円寺には愛着があります。繁華街的でもあり、ベッドタウン的でもある。ミュージシャンやお笑いを目指している人も多くいて、色んな人がいるのが魅力です」
「黄色い愚痴聞き師のページ」岡村ショウジ・ホームページ

※注 路上に座って「無料で愚痴聞きます」という活動は、平成22年頃大阪心斎橋で本岡さん・針山さんという二人の若者が始めたものだ。これが翌年にテレビのドキュメンタリー番組に取り上げられた。その放送がきっかけで同年グチバンク(大阪/代表・田中斉太郎)設立。現在全国10都市約40人が所属して活動中。

DATA

  • 取材:小泊明美
  • 掲載日:2013年06月24日