斜陽

著:太宰治 (新潮文庫)

滅びゆく価値観と生まれでる価値観の光茫を、戦後没落した華族の長女の告白文スタイルで綴った太宰治さんの代表作。爵位を失い家財を整理、東京から伊豆の山荘に転居。病気がちながら品位を失わない母、南方の戦場から帰還するも放蕩生活をつづける弟、直治と、三人暮らしのかず子。財も底をつき先行きの不安な絶望的な日々のなかで、直治の不良な師匠、作家上原へのひそかな恋を成就させたい…、生きていくためにも想いが強まっていく。母に付き添い看取った後、意を決して東京へ。「私の望み。あなたの愛妾になって、あなたの子供の母になる事」、必死の気持ちを伝えた再三の手紙にも返事のなかった相手の家を訪ね、かず子はすでにあたりも薄暗くなった荻窪駅に降り立つ。
おすすめポイント
太宰治さんは、20代の後半を杉並、天沼で暮らした(船橋での転地療養期間を含む)。その間、杉並や近隣の先輩作家たち、小説家仲間たちと親交を深め、同人誌に次々と作品を発表。初の作品集『晩年』に結実させ、読者の支持を得て文壇に駆け昇った。一方、学業の断念、自殺未遂、盲腸手術後、鎮痛剤中毒に陥り再三の入院、妻との心中未遂、離婚と、苦難にみちた時期でもあった。心機一転、太宰さんは甲府に転居。上京以来の師、井伏鱒二さんの仲介で再婚。三鷹に居を構え、作家として新境地をひらいた。また、発足した阿佐ヶ谷会にも足しげく参加。杉並での付き合いも続けていた。それだけに戦争が激化し、それぞれが散り散りとなり、戦後みなが再び集まり出した矢先の玉川上水への入水自殺の訃報は、旧知の杉並の人々にも大きな衝撃を与えた。他界する前年の執筆で、太宰さんが、かず子の想いびとの居所をなぜ杉並に設定したのか、あらためて考えさせられる作品だ。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2013年11月11日

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